Ⅶ マガンの生態と習性 ちょっと一休みの話題
  初雁の渡り一番は非繁殖鳥
 秋に我が国にやってくる雁を、人々は昔から「初雁」と呼んで詩歌にも読み込んできた。毎年9月末ともなると、最初のマガン数羽が
宮島沼に姿を現わす。これらの雁は、殆ど例外無く成鳥たちばかりである。
 繁殖地のシベリアでは、ペアを形成した繁殖番(つがい)は縄張り(テリトリー)を保持して子育てに入る。それ以外の非繁殖鳥
(ノン・ブリーダー)言わば独身者達は、沼池に集まって夏を過ごす。これら元気な若者達が、真っ先に宮島沼に姿を現わすものと
考えられる。そしてそんなに日時をかけないで、両親がまだ幼い顔をした若鳥数羽を引き連れて家族で沼を訪れるようになるのだ。
  家族単位で行動
 秋季、宮島沼に渡ってきたマガンの家族は、いつも一緒に行動する。家族が餌を啄んでいる時、敵が来ない見張り番を受け持つの
は雄親らしい成鳥である。まだ額の白毛もお腹の黒斑も無い短めの黒っぽいくちばしをした幼鳥は、母親に連れられて初めて稲の
落ち穂の味を知ることになる。そんな幼鳥でも、時には父親に代わって見張り番を受け持つこともある、雁は警戒心の強い集団でも
ある。これら幾つかの家族集団が集まり、ノン・ブリーダーも加わって群れが大きくなる。
  雁のことば、しぐさの意味
警 戒   「雁首をもたげる」という言葉があるが、雁が一斉にその首を上に伸ばすのは、最大警戒の印である。どんなに沢山の雁が
         居ようと、その警戒報知の伝達の速さは瞬時である。
鳴き声   普段から雁はよく鳴く。表現は的確で無いにしても、カリカリと鳴くから『かり』とか、グァングァンと聞こえるから
      『がん』と呼ばれるようになったという説さえある。はぐれ雁は、いかにも独りぼっちというような情けない声を出して
         は仲間を探す。絶え間ない鳴き声で家族の絆を確かめているということである。
安らぎ     餌を十分にとって満足し、敵の姿も見えないような水田などで休んでいる雁の群れからは、まるで蜂の羽音のような
      『ブーン』という響きが伝わってくる。安心そして満足の表現であろうか。
飛び立ち   家族集団が餌場移動などの必要で、飛び立ちたいときの合図がある。1羽が小首を細かく横に振る。それに釣られて、
         他の個体みんなが同じように首を振ってから同意をしめすと揃って飛び立つ。しかし、家族のなかの1羽でも同意を
         しないと、最初に首振りした雁はそれを止めて元に落ち着く。
攻 撃     群れを作って、いるからといって、すべての雁が仲良しということではないようだ。暴れん坊もいれば気弱な鳥も
        いる。自分の家族を守ろうとする本能も働くのだろう。頭を下げ、あたかも蛇のように首を伸ばして、隣の雁に突
      進するものがいる。その時、「フーッ」という脅かし音を発している。
眠 り     ねぐらにしている宮島沼では、首を片羽根に突っ込んだ姿勢で水に浮いて寝ている。陸上では、うずくまるか片足
          立ちで同様の姿勢で寝ている。そこでは、時々片目を開けていることがある。
雁 行     V字になったり竿になったりの、雁の編隊飛行である。斜めになって先頭雁の波を避けることで、約5%ほどもエネ
      ルギーが節約されるとか。先頭は、常に交代するので、への字が形を崩してあたかも直線に変わったかのように見え
          る。
落 雁     沼上空に飛来した雁は、急に高度を下げるとき交互に片翼を縮めて、きりもみ状態で落ちていく。
   天候とマガンの一日
   爽やかに晴れた日、弱い北風に乗って初雁は宮島沼にやってくる。年によって多少の違いはあっても大体10月いっぱい滞在して
から、また北風を受けて越冬地へと南下していく。春はこの逆に、雪解けの頃の南風に乗って北上し、5月初めに吹く風が雁の北帰を
助ける。
  夜明け、マガンはほぼ一斉に餌場に向かう。人々が活動し始める8時頃になると、申し合わせたように沼に戻って日中は浮いて
休む。午後の2時か3時頃、再び餌場に行って夕方まで採食して過ごす。夕日が山の端に沈もうとする頃、全部の雁が約20分ほど
の間に沼に戻ってくる。
   一日2食の採餌、これが晴れた日の沼に滞在している期間中に繰り返されるマガンの日課である。雨とか異常に風が強い日
には、夜明けに出ていったきりねぐら入りするまで沼に戻らない。
    餌場・量と落ち穂
 マガンが食べる餌の大部分は、水田に残された稲の落ち籾だ。雁は、家族で行動するので親から子へと餌場が教えられて受け
継がれて行く。土地に執着する習性が有するということである。今でもマガンの主要餌場は、水鳥が好んだかつての低湿地だっ
た土地の水田となっている。開拓以前の宮島沼周辺に存在した湿地が、雁の脳裏のDNAにしっかりと記憶されているのかも
知れない。
 マガンが一日に食べる餌の量は、穀物で130g、青草だけだと約2kg必要だとされている。満腹までとはいかずとも、1日1羽
が100gの籾を食べるとしたら、10羽で1kg、1万羽だと1トンが入用である。4万羽が20日間滞在すると80トンの落ち籾
を食べることになる。一方、実際に落ち穂がどれだけ存在するのかを調べてみると、驚くことに雁が利用するいつもの餌場内に、
十分にその量を支えるだけの落ち籾が保障されているのだ。落ち籾数は年によって田によっても違いがあるが調査時の結果は
1m当たり平均値400粒弱であった。重さにしておおよそ10g足らずである。雁1羽が1日に必要とする量を保障する落ち穂の
ある水田面積は、10mということになる。4万羽が20日間滞在するには、1千ヘクタール前後の水田が宮島沼の周りに維持
されていれば間に合う勘定になる。マガン常用の餌場水田面積は、約3千ヘクタールである。
    小麦芽への食害
 雁は落ち穂の他に、青物として畔草もよく食べる。牧草なども好物のようである。したがって常用餌場として雁に記憶されて
いる地域一帯に、水田の転作が行われて落ち穂が消え小麦の青い芽があれば、それも食物として雁に認識されてしまう。秋蒔
き小麦芽への、食害の発生である。瑞穂の国として昔から伝えられている稲作さえ維持されていれば、雁による食害は決して
起きないのである。
    雁はライスロードを渡る
 雁の越冬地は、主に宮城県伊豆沼周辺である。ササニシキとかヒトメボレの落ち穂で冬を過ごしたマガンは、春の日差しが高く
なると秋田県の八朗潟や能代平野に移ってアキタコマチを啄む。更に北上して津軽海峡を越え、北海道の穀倉地帯ではキララ397を
主食にしている。
 マガンの渡りは、万葉の昔から続く人の共存の道、ライスロード。米の道を辿って北帰のためのエネルギーを貯えている。
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