学校の移りかわり

学校の移りかわり

 美唄市は明治23(1890)年沼貝村として誕生して120年あまりが経過しました。
 当時の人口は1,087人でしたが、大正時代に炭鉱開発が始まり3万人を超えて美唄町と改称されました。
 やがて、昭和25(1950)年に市制が施行された後、昭和31(1956)年には92,150人となり人口のピークを迎えました。
 炭鉱開発による人口増加により多くの学校が開設され、ピーク時は小学校22校、中学校10校が開設されました。
 とりわけ、三井美唄小学校は全道一のマンモス校として3千数百人にのぼる生徒がひしめくように学んでいました。
 教室から生徒が溢れるほどの賑わいも、やがて、エネルギー革命による炭鉱閉山や少子化などのため、人口減少の一途をたどり、平成26(2014)年4月現在の人口は24,311人となりました。
 それにともない小中学校の閉校、統合が行われ、現在は小学校5校中学校4校となりました。